【旅日記】お遍路さん、アンコールを詣でる。
トランジットの待ち時間の話。
◇◇◇◇◇
日本とカンボジアをつなぐ定期直行便はない。*1私達は、行きはハノイ、帰りはホーチミンで乗り継ぎをした。
ハノイ空港は人が少なく、照明も暗くて静かだった。空港内には、土産物屋と免税店が数件、レストランとネットカフェと閉店した本屋が一件づつ。
成田を出発してからまだ3時間しか経っていない。旅行初日の緊張と興奮で、私達は落ち着かなかった。ぶらぶらと店先を冷やかし、ネットカフェでディズニーチャンネルを眺めながらマンゴーシェーキを飲み、いよいよやることがなくなって搭乗口へ向かった。狭い空港なのですぐに着く。がらんとした空間に、たくさんのベンチと、数人の個人旅行客。話している人がいないので、私達も自然と小声になる。タカハシはタバコを吸いに喫煙室に行き、私は本を読んで時間をつぶすことにした。
しばらくしたら、斜め後ろから日本語が聞こえてきた。おばさん数人の話し声だ。ツアー客かしら。なんだかほっとして、振り返って、目を疑った。
菅笠に、白装束。
……お、お、お遍路さんだあ!
ベトナム、ハノイの薄暗い空港の真ん中に、真っ白な装束のおばさまが5,6人。眩しいくらいに目立っている。じろじろ見るのも悪いと思って本に戻ろうとしたけれど、だめだ、気になってしょうがない。
――あのう、すみません、こんにちは。
「あら、はいはい」
――お遍路さんですよね?
「そうよー」
「うふふ、やっぱり目立つのねえ」
「これを着ているとね、よく話しかけられるのよ」
「どこに行ってもはぐれなくて便利よう」
うひゃあ、本当にお遍路さんだった!
喫煙所から戻ってきたタカハシが、「いや気になりますもん、話しかけますよ普通」と言う。ねぇ。だってここ、ハノイですよ? 女性しかいないと思ったら、中心に男性が1人いらっしゃる。装束姿ではなく、ラフな普段着でしたが、剃髪で背筋をぴんと伸ばした佇まいは…お坊さんですね、きっと。
――皆さんはどちらまで?
「アンコール・ワットよ」
「お遍路のついでにね、ふふふ」
「あなたたちも? まあまあ」
「あら、新婚さん?」
「まあー」
ついでで行くところなんですか。おおらかだなぁ。ヒンドゥー教由来の遺跡はどうするのかしら、と思ったけれど聞きそびれた。
「お遍路ついでにアンコール詣で」企画は、お坊さんらしい男性の主導で数回開催しているという。旅馴れた様子なので、ここぞとばかりにタカハシが色々と聞いていた。タカハシはいつでもだれとでも情報交換をする男である。そして、トゥクトゥクは埃がひどいのでやめておけ、とアドバイスをもらう。
話していたらあっという間に時間がすぎた。またお会いできるといいですね、とお別れをした。
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数日後、タ・プロームの巨大な溶樹の前で、再会。私達は旅の疲れが出始めた頃で、遺跡の中をまったりと歩いていた。日本語の明るい喋り声ですぐに分かった。お遍路さんだ。
――おへんろさーん、おへんろさーん!
「まあーびっくり」
「今日は装束じゃないのに、よくわかったわねえ」
「どなた?」
「ほら、乗り継ぎの時に会った新婚さんよ」
「あらー」
うわあ元気だ。さすが、四十八ヶ所めぐりでならした健脚は違うなあ。
私達が交通手段にトゥクトゥクを選んだと知って、皆さんは口々に「お若いからできることですねえ」と仰った。けれど、その時一番若々しくお元気だったのはお遍路さんたちだったことは、言うまでもない。
*1:2009年7月現在。