心配されにくいタイプ

窪橋は妊婦になりました。
妊婦になったので、つわりにもなりました。


つわりになったら洗面器を掻き寄せて吐き気と戦ったりするのかしらと想像していたのですが、私はそうはなりませんでした。
ただただ、ずっと、眠い。
更に、なぜか、げっぷが止まらない。
気持ち悪さに苦しんだりもしているのですが、傍目には「断続的にげっぷをする人が所構わず寝ている」というひょうきんな状態のため、タカハシは
「もっとわかりやすく苦しんでいれば心配しやすいんだけどなあ」
と困惑の表情を浮かべるのでした。


さて、ちょっと寝込んでいた頃のこと。


しばらくごはんの用意はタカハシに任せっきりだったのですが、その日は気分がよく、食欲もあったので、自分でごはんを作ることにしました。久しぶりに体が楽に動くのが嬉しくて、うきうきと台所に立ちました。


しかし、さあごはんができあがるぞという頃に、私の食欲はどこかへ消えてしまいました。それどころか、気持ち悪い。あんなに楽しみにしていたごはんのにおいが、今や吐き気を呼び起こすものでしかないのです。私はとてもがっかりして、とてもとてもがっかりして、やり場のない気持ちをタカハシに向かって嘆きました。


「もう嫌だ、もうつわり要らない! げっぷ」


「ごはんを美味しく食べたいんだよう、げっぷ。気持ち悪いのに食べるの、もう、嫌だよう、えっぷ」
「……にんぷっぷー*1、げっぷしながら無理に喋るの止めたら?」
「無理しなきゃ喋れないんだい! げっぷ。辛いよう、産んだらそれまでの辛さが吹っ飛ぶって言うけど、吹っ飛ぶくらいなら、えぷ、最初から要らないやい! げっぷ。気持ち悪いの、もういいよう。ずっと眠いのも嫌だよう。痛いのだって、げぇっぷ、無けりゃ無いでいいじゃないかよう。げっぷ、うええええん、タカハシも妊娠してみればいいんだあ、げっぷ」


それまで面白い生き物を眺めるようにニヤニヤ見ていたタカハシでしたが、このあたりで(そろそろ宥めないと後が面倒だぞ)と思ったようで、真面目な顔をしてみせました。しかし急に取り繕ったせいか、口が歪んでへの字になっていました。そして、いまいち気が乗らない声で、
「……そうだね、って言えばいいのかな」
と間の抜けたことを言いました。


それで私も気がそがれて、
「……そうだね、げっぷ」
とぽかんと答えると、タカハシは笑いを堪えるためにますますへの字口になりながら、精一杯神妙に
「『そうだね』」
と言うので、私もますます気がそがれて、この話はなんとなくおしまいになりました。


◇◇◇◇◇


今現在、げっぷも気持ち悪いのも、だいぶおさまっております。眠いのはそのままですが、これは妊娠していなくても変わらないので通常運転だ。安定期、ばんざーい。げっぷ。

*1:タカハシは、私が妊婦特有の発言や行動をすると「にんぷっぷー」と囃します。用例:「にんぷっぷー、つわってるの? やーい」