となりに立つひと

旧友が数人、我が家に遊びに来ることになった。放課後の教室で取り留めのない話で盛り上がり、将来はどんな仕事をしたいか、とか、この中で誰が一番最初にケッコンして子供を産むのかな、なんてことを、滑稽なくらい真剣に話しあった頃から、もう10年がたつ。今でも話すことは当時とそれほど変わらないけれど、いつの間にか眉の形が変わり、服の選び方が変わり、連絡を取ったり取らなかったりしながらそれぞれに日々を歩んで、「一番最初に赤ちゃんを産むのは誰か」という問いにも、数ヶ月前とうとう、答えが出た。その赤ちゃんもうちに来てくれることになった。


滅多にない来客、初めて迎える赤ちゃんに、ちょっと緊張。掃除機を念入りにかけ、カーペットを洗ってお迎えの準備。お昼をうちで食べてもらうことにして、タカハシにカレーとナンを発注。サラダくらいは自分で作ろうと思ったけれど、結局料理は全部タカハシに押し付けてしまった。窪橋らくちん。タカハシは無言でむっとしている。ごめん。タカハシは無言のままひげを剃る。


友人たちが到着すると、久しぶりの声とはじめましての声が飛び交った。みんなタカハシとはほぼ初対面だ。口々にカレーを褒めてくれる。というより、タカハシが台所に立つことそのものを褒めている。既婚者はその流れで「うちの夫はそれに比べて…」と愚痴タイムに突入。タカハシは無言で嬉しそうにしている。よっしゃ。みんなありがとう。次もタカハシに作ってもらおう。


赤ちゃんは、みんなの手から手へ、代わりばんこに抱っこされた。タカハシの抱っこにも機嫌よく応じてくれた。タカハシのひげは凶器なので、あごに触られたら絶対泣かれる、と冷や冷やしたのだけれど、大丈夫だった。そういえば、朝、やけに念入りにひげを剃っていたっけ。


赤ちゃんは、うちにいる間に2回昼寝をして、1回着替えて、2回おしめを変えて、3回おっぱいを飲んだ。父親似の切れ長の目をした、生まれて半年もしない女の子。細くやわらかい髪の毛が、小さな頭の上でぽわぽわ揺れる。覚えたての笑顔をふりまいたかと思うと、流し目みたいな大人っぽい表情もする。顔を真っ赤にしてぐずったり、ことんと寝たり、あぐあぐとお話ししながらひとの服によだれをなすりつけたり。赤ちゃんに慣れない私達は、彼女の一挙一動にいちいち沸いた。「ああ、ずっと見ていても、見飽きない!」と1人が悲鳴を上げて、皆で大きく頷く。


「いいよね、赤ちゃんはさ」
と、お母さんになって半年の友人は口を尖らせた。
「笑ったら褒めてもらえて、泣いたらかまってもらえて、眠くなったらよしよしってお布団に運んでもらえてさ。私だって、よしよしって、寝かしつけてもらいたい!」


そのためには私を抱っこできるくらいの巨人を見つけないと、と彼女は息巻いた。身長160cmの彼女が巨人によしよしとあやされる姿を想像して、みんなで笑った。けど、彼女は、半分本気で言っていたに違いない。今はまだ「おかあさん」は彼女だけだから、同じ立場から共感できる人がいないけれど、そのうち、次に子供をもうけた誰かが、「わかるわかる、いいよね赤ちゃんは、なにをしても褒めてもらえてさ」って、一緒に口を尖らせる日が来るのだろう。


夕方になっても話は尽きなかった。「どうする? 残れる人はもう少しうちにいる?」と声をかけてみると、家でだんなが待ってるから、という人がいて、じゃあ私も、私も、と、結局みんな明るいうちに帰ることになった。言葉の裏に、私とタカハシへの気遣いを感じる。学生の頃は、親に電話を一本入れるだけで、あとは構わず夜中まで喋り倒していたのにね。


それぞれ、帰る場所も暮らす家族も、あの頃とは違う。それが新鮮なような寂しいような、不思議な気持ちでお見送りをした。そして、隣で一緒に手を振るタカハシを見て、ああそうか、友人たちには、私がタカハシと暮らす様子が不思議に映っていたのかもしれないな、と、思った。


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id:kanimaster様による、「男のカレー・女の黒豆」に代表されるような、非日常としての料理、その解説。「手打ち蕎麦」とか、「自家製果実酒」とか、家によっていろいろあるんだろうなぁ。


LOVE LIFE

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8曲目の「いいこいいこ(GOOD GIRL)」は、おかあさんのうた。
歌詞→http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/252734/Y024908