子煩悩お盆

今年のお盆は地震に大雨にと、まあ妙な按配でございましたな。よくお休みになれましたか。え、お仕事で。そりゃあお疲れ様でございました。うちは都合よくお休みがいただけましたんで、向こうの実家に顔を見せに参りました。親戚まわりをしてみたりね、人付き合いは煩わしいような、久しぶりに顔を揃えるのが楽しいような、ま、帰る場所があるというのはいいものでございます。


えー、どこの家もどっかしら、おもしろおかしいところがあるものでして、うちのに言わせればあたしンとこの実家もたいがいおかしいようですが、あたしから見りゃあ、あれの実家もなかなか面白うございます。義母と義父が二人暮らしをしておりまして、それからビーグル犬が1匹、これはあたしの義理の妹でございます。



この義母といいますのが、あたしたちに美味しい物を食べさせにゃならんという、強い信念を持っておりまして、のべつまくなし、ひっきりなしに、食べろ、食べろと申します。30分と間をおかない。それを一日中やる。


「どうだいお前、美味しいかい」
「へえ、もういっぱい頂きました」
「そうかい。大福もあるからお食べ」
「ぐう、こ、こりゃおいしそうだあ」
「うんうん、よかった、今果物も切ってやるからね」
「ううむ…おっかさんはいくつ食べなさいます」
「あたしはお腹いっぱいだからいらないよ」
「はあ」
「チーズケーキもあるから食べたくなったら言いなさい」
「えっ」
「アイスはどれがいいだろうね」
「ええっ」
「お前のためにたくさん買ってあるんだから、好きなのを選びなさい。ああ、嬉しいねえ、今まで男だらけで甘いものを誰も食べてくれなかったから、こうして一緒に食べてくれる人ができて本当に嬉しいんだよ」
「…………」


まァ、さすがに何度か断ったんですが、そうしますと、たちまち義母の笑顔がサーッと消えます。肩がストーンと落ちまして、がっかりした暗ーい顔で「ああ、そう…」なんて呟くんでございますから参っちまう。あたしはその姿を見るのが辛い。辛いんで頑張って食べる。今度は胃が辛い。夜中にこっそり胃薬を飲む。



義父はネットこそやりませんが、情報収集に余念がありませんで、手の届くところにいつも地図帳がある、新聞を隅から隅まで読む、しじゅう気温と湿度を確認する。いま湿度が何%だ、部屋の温度が1度高くなっただというので、「おとっつぁん、今日は湿度の割にはカラッとしてていいですね」と声を掛けてみましたらば、この湿度計は100円ショップで買ったものだから信用出来ねえなどと言う。


「こういうのは目安でしかねえんだから」
「へえ、そういうもんですか」
「おっ、また0.1度下がった」
「…………」
「しかし天気予報ってのはあてにならねえなあ」
「……………………」


義父は車の運転が好きな人ですから、あたしたちをドライブに連れて行こうといたします。照れ屋ですから口には出しませんが、随分と張り切って道路地図帳をめくっている。


さあ、この二人が一緒になるとどうなるか。
まず義母が「あの店の蕎麦が旨い」「あのうどん屋の評判がいい」と申します。そうしますと、義父が地図帳とカーナビで入念に道を調べまして、「よし、旨いもん食わせてやる、出発するぞ」となる。さて、ここでの問題は、あたしたちは出発前からとっくに満腹だということでございます。



ビーグル犬は甘えん坊の座敷犬で、もう10歳になりますか、犬の10歳って言やァもう婆さんでございますから、義父母のためにも長く元気でいてほしいと思っておりますが、ちっと太り気味なのが心配の種で。車に乗りますと、この子はあたしの膝の上にのぼって座り込むんですが、これが漬け物石のようにずっしり重い。おまけにじっとりと熱い。舌を出すくらい暑がっている時でもヒトにくっつきたがるんですから、まったく妙な犬でございます。そこがまた可愛いんでございますがね。


犬の背を撫ぜながら思いましたのは、この犬もいい歳ですが、義父母だって随分いい歳です、色々と気がかりは尽きません。しかしまあ、いつまでたっても、親からすりゃあ子は子なんでございますな、こっちは万事問題ないから好きにやれと言って、心配もさせてくれない。たまに顔を出せば、これこの通りの甘やかされよう。とにかく美味しいものを食べろと言い、いいところにつれていってやると車を走らせる。


義父母はずいぶん苦労をしてきたそうでございます。息子夫婦にはそんな思いをさせまいと、あたしらのことを大事に大事になさる。であればこそあたしらも、喜ぶ顔を見たい見せたい、たとえ食べ過ぎの腹を犬に押され、車に揺られて気分が悪くなろうとも、胃薬片手にどうにかこうにかやっているという、我が家の盆の他愛のないおはなしでございます。