アイスクリン愛し


 Kは業を煮やした。もう我慢ならなかった。Kの願いなどささやかなものだ。それがなぜ叶わないのか。これまでKは一般的で良心的な顧客として極めて丁寧に、紳士的に、おだやかに主張してきた。アイスクリンが好きだ、と。アイスクリンをもっと仕入れて欲しいと。出来るならば通年、いや夏の間だけでも品切れせずに置いてくれないものかと。Kは思い出す。ああ、舌の上でほろっと溶けるあの冷たさよ。懐かしいクリーム色の氷菓子よ。結晶はシャーベットのようにシャリッと硬質でありながら新雪のように柔らかく、控えめで上品な甘さは喉を爽やかに滑り抜けて後に残ることはない。毎年アイスクリンが店頭に並び始めるとKの心は躍った。近所のコンビニでレトロなパッケージを見つけたときの胸の高まり。今すぐ食べようか、食後のデザートにしようか、いや、風呂あがりまで取っておこうか。想像するだけで幸せであり食べればもっと幸せである。しかし食べられなければ。手に入らなければ、それはもどかしい渇きとなってKを襲う。そして今まさにKは渇望していた。最後の一個は既に腹の中に消えた。Tが買ってきてくれたものだった。「好きなものはね、量を買わないと」Tは棚に並ぶアイスクリンを買い占めてきたのだった。「POSシステムに反映されなければ、仕入れてくれないからね。」そうだ。Kは空になったアイスクリンの容器を握り締める。悪いのはPOSシステムだ。人の良さそうな店員はとうに私の望みに気がついているというのに、無感情なシステムが私の邪魔をするのだ。数個ずつちまちまと仕入れやがって、データに影響を与えようにも買わせてくれなければどうしようもないじゃないか。無機的で味気ないシステムをKは憎んだ。憎みつつ、それでも一縷の望みをかけてコンビニに足を踏み入れた。アイス売り場に向かう。ガラスの向こうにアイスクリンは――無い。やはり無い。かっ、と目の前が赤くなるのをKは感じた。
 「このポンコツ!」Kは店員を突き飛ばしてPOSレジに掴みかかった。「ああ」突然のことによろけた店員の赤い帽子が飛ぶ。「何をするんです」「えい、この鈍感の、けちんぼの、うすらとんかちめ! お前のせいで、お前のせいで、私は」、Kはめちゃくちゃにレジのキーを打った。握り締めていた空容器のバーコードを読み取らせもした。レジが耳障りなビープ音をたてる。「やめてください」半狂乱のKに店員は怯え、涙を浮かべてカウンターの陰に身を寄せた。「やめてください、どうか」緑色の帽子の店員は事務室から半身を出したところで立ちすくんだ。「な、一体、これは、ああっ。」
 Kの凶行は数十分に及んだ。


 程なくして、コンビニ前の大通りには仕入れのトラックが列を成し、アイスクリンが次々と搬入されはじめた。陳列棚はアイスクリンで埋めつくされ、バックヤードに入りきれずに扉から雪崩を打って溢れ出す。呆然と座りこんで「どうしましょう」と呟く赤い帽子の店員へ、Kは満足気に胸を張って答えた。


 「私が全部買う!」



――というような妄想をしている間に、
妄想の元になった「昔なつかしアイス」(オハヨー乳業)、
我が家の在庫はほんとに最後の1個になってしまいました。
最寄りのコンビニは絶賛品切れ中。ギャース。


デイリーヤマザキさん、
お願いです、「昔なつかしアイス」を、
「昔なつかしアイス」の仕入れを、取り急ぎ、どうか、ぜひとも、はい。




備忘録


今日読んだ本。


ウィークエンド シャッフル (講談社文庫)

ウィークエンド シャッフル (講談社文庫)