【旅日記】オールドマーケットでおかいもの (4)


【目次】
【旅日記】オールド・マーケットでおかいもの(1) (2) (3) (4)


彼女は私たちを見て、あれぇ、いつ帰るんだっけ? って笑った。飛行機がdelayで、って説明は通じたのかどうか。早速楽しそうに会話を始めるタカハシと店員さん。
「something else? お兄さん(うふふ)」
「いやあ、もう要らないよー(あはは)」
…ひとりで黙々と目的のものを探す私。この店には無いようだ。残念。


気がつくと、二人がなにやら押し問答をしている。タカハシの手には、押し付けられたと思しき巾着袋。おや、タカハシが困っている。めずらしい。


「窪橋ぃ」
どうしたどうした。


「これ、くれるんだって」
…は。


「俺、申し訳ないからお金払うって言ってるんだけど…」
「No, it's プレゼント、お姉さん。I just want to give オミヤゲ for you.」


えええええええ。


このときの私の驚きを、どう書いたらいいものか。この1週間、買えと強要されこそすれ、支払いを拒絶されることなんてありえなかった。全く予想していなかった事態に、私はみっともなく狼狽した。このとき回していたビデオには、どの色が好き? と言いながらてきぱき巾着袋を選んでくれる彼女の姿と、「悪いよおおぉ」と情けなく呟く私の声が入っている。


「It's コインケース, you can put お金&おまもり。」
「う、うん、thank you」
「Good luck for you. See you next year, OK?」


またね、と彼女は言った。
また来年、中央祠堂の修復が終わったら、来てね。


……うわぁ。



「またね」は、ない。それは、彼女が一番わかっているはずだった。


私たち観光客の「またね」がどれだけ信用できないか、ここで観光業に携わる人はとてもよく知っていた。遺跡の前の売り子さん達は「後で買いに来る」って言葉を絶対信じなかったし、ホテルの人と話していても「また来ます」は気の利いたジョークになってしまった。
観光客の「またね」ほど、当てにならないものはない。
だからこれは、社交辞令だ。その場にいる全員がわかっていた。
ただ、彼女から「またね」を言ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。

私たちも「また来年ね」って答えた。来られるわけがないのに、心をこめて答えた。
本当に来年また会えたらどんなにいいかと思った。
こんな社交辞令があるものなのか、と思った。



うれしいねぇうれしいねぇ、タカハシと私は口々にそういって、とても良い気分で買い物を再開した。


私が欲しいものは数件先で見つかった。日本語で下ネタを連発する5歳くらいの女の子と、気の強そうなおばさんが私の接客をした。
やばい、と思って逃げようとしたときにはすごい力で腕を掴まれていて、言い値で売ると言って聞かないので4ドルに値切った。財布には5ドル札と10ドル札しかなかった。嫌な予感がしつつも5ドル札を手渡すと、案の定おつりを出す気配が無い。話は終わったとばかりに店の奥に逃げようとする。
「なら買わないよ! 5ドル返して!!」
と日本語のまま言って商品を突っ返し、渡した5ドルを取り返そうと掴みかかったら、おばさんは「なによぅ、今おつりを出そうとしていたんじゃないの」みたいなことをまわりのお店の人に薄ら笑いで弁明しながらポケットから1ドル札を取り出して、私を睨んで投げてよこした。


あああ。さっきまでの気分が台無しだ。
タカハシは脇でニヤニヤしている。
「隣のお店の子、やさしそうだったよ。同じもの、4ドルで売ってくれるって。」
そうかい。
君はまた仲良しを増やしていたのかい。
しかしもう買ってしまったよ。
もっと早く言ってくれよそういうことは。


あああ。



教訓。


1ドル札は、できるだけたくさん用意して行くべし。



プレゼント。たからもの。