『プー横丁にたった家』A.A. ミルン

プー横丁にたった家 (岩波少年文庫(009))

プー横丁にたった家 (岩波少年文庫(009))

A.A.ミルンというひとりの父親が、自分の息子、クリストファー・ロビンの世界を描いたおはなし。友達は、ぬいぐるみ。家のそばの森が、世界のぜんぶ。


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「プーさん」を先入観無しに読むのは難しい。巷にあふれるキャラクターグッズのおかげで、プーさんはもちろん、ティガーもピグレットもイーヨーもすっかり顔なじみ。プリントされた甘ったるいプーさんの笑顔でお腹いっぱいのつもりになって、映画や本はもういいや、と敬遠していた。


くまのプーさん」の続編に当たるこの本を手に取ったのは、ずいぶん大人になってからだった。読後、甘ったるさよりも、ほろ苦さで喉が詰まった。


この本には冒頭から、お別れの予感が漂っている。



プーさんたちは、家のそばの魔法の森に住んでいる。そこは時が止まったような優しい世界で、みんな「今」だけを見て遊んでいる。魔法の森には過去も未来もない。あるのは、軽快な詩と、のんびりしたやりとり。友達と、いま、このときだけ。


でも、作者のミルンさんは知っている。プーさんたちも何となく知っている。クリストファー・ロビンは、そのうち、プーさんたちとお別れしなくちゃいけない。そして、ミルンさん自身も、私たちも、みんな「魔法の森」とさよならして大人になったんだって、知っている。


ミルンさんは、・・・かつて「クリストファー・ロビン」のひとりであっただろうミルンさんは、息子の成長を喜ぶからこそ、森に住む息子の姿を愛おしく綴る。いつか失われてしまうものとして。



物語の終わりで、クリストファー・ロビンは言う。
「ぼく、もうなにもしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ。」


そして、プーと約束をする。
「ぼくのことわすれないって、約束しておくれよ。ぼくが百になっても。」


遠い未来の約束を通して、クリストファー・ロビンは未来を手に入れる。ぴかぴかの、新しい世界だ。同時に、過去を手に入れる。やわらかな森の世界が過去になる。


プーさんは成長しない。あの甘ったるい笑顔で変わらずに遊ぶ。新しい世界の話をするクリストファー・ロビンを見る。それだけ。「プーさん」は過去に佇み、ただ、見送る。クリストファー・ロビンと、私達を。



私と妹にも、くまがいた。


私たちのくまは、60センチくらいの大きな子で、灰色の毛布みたいな生地で出来ていて、目の周りと鼻が黒くてパンダみたいな顔をしていた。ほつれたところから、橙色のウレタンの詰め物が飛び出していた。抱きつくとウレタンくさかった。座らせると、ぐにゃりとひしゃげて、左にナナメに傾いて、首をかしげているみたいになった。


さんすうや、しゃかいや、新しい広い世界に私が夢中になっている間に、
あの子はいなくなっていた。


私たちのあの子も、私と妹が「いってしまう」のを知っていたんだろうか。見送ってくれていたんだろうか。いつも座っていたソファの上で、首をかしげながら。


この本を読むと、灰色のナナメの顔を思い出して、またあの子に会いたくなる。そして、二度とあの子と遊べないと思い知って、喪失感で喉の奥が重くなる。



今の私には、あの子の名前も思い出せないのだ。



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装丁がとても美しい2冊。中身は贅沢なオールカラー。少し大きめだし、表紙が繊細な作りなので、観賞用という感じ。眺めているだけで幸せなんだ、これが。ああ、いつか欲しい。


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英文読解練習用に購入。幼児向けだから原書でも読めるでしょ、と思ったら大間違いでした。語彙レベルは低くても、展開が理不尽で予測がつかないので、読みにくいったらありゃしない。あっさり挫折。表紙を愛でるだけの日々。薄みどりの地に飛ぶミツバチの柄が愛らしいんだ。中身の絵は岩波版と全く同じ。